富士フイルムグループの沿革

1934年 創業 写真フィルムの国産化を目指して

写真:印刷用フィルムのラベル/映画用フィルムのラベル

当社は映画フィルムの国産化を目指して、1934年に創業しました。

以来、映画用やレントゲン用など、各種フィルムの国産化に次々と成功して総合写真感光材料メーカーとしての地歩を固めるとともに、国内販売網を確立していきました。

1950年代後半~ 事業の多角化とグローバル化

写真:フラットパネルディスプレイ材料フジタックフィルム/業界初の普通紙複写機「ゼロックス914」

1950年代後半からは、写真フィルムの技術を応用した新製品を開発し、事業分野の多角化を図っていきました。液晶テレビなどのディスプレイ材料として使用されているタックフィルムの開発や、米国のゼロックス社と合弁で富士ゼロックスを設立し、複写機事業に参入したのもこの時期です。また、米国・欧州・アジアへ販売拠点を設けるなど、海外市場を積極的に開拓していきました。

1980年代~ デジタル化への取り組み

1980年代に入ると、いち早く写真・医療・印刷事業のデジタル化に取り組み始めました。FCR(デジタルX線画像診断装置)や、後に当社の主力事業である写真フィルムの需要を縮小させる原因となるデジタルカメラは、当社が世界で初めて発売しました。その後も技術力を武器に、次の時代を見据えた製品を次々と開発していきました。また、競争力強化のため、2001年にはそれまで50%であった富士ゼロックスの持ち株比率を75%に増やし、連結子会社化しました。

図:デジタル化された製品の発売/写真:当社が世界で初めて開発したFCR

2000年代~ 未曾有の危機到来

急速なデジタル化の進展に伴い、カラーフィルムの需要は2000年をピークに急速に下がり続けました。早くからデジタル化に備えていたものの、2000年当時、カラーフィルムなどの写真感光材料関連事業の売上および利益は当社の6割を占めており、当社は主力事業が立ち行かなくなるという、非常に厳しい状況に直面しました。この状況を打破すべく、当社は、厳しい環境下でも確実に利益を生み出し、成長していく強靭な企業体質の構築や、新たな成長戦略の構築に積極的に取り組んでいきました。

図:カラーフィルムの世界総需要推移/写真:内視鏡・マンモグラフィ(FCR PROFECT CS)・化粧品(アスタリフトシリーズ)・医薬品

2000年代後半~ 新たな成長へ

このような取り組みに着手したことや、早い段階からデジタル化への取り組みを行っていたことから、当社の業績はV字回復を果たし、2007年度には売上高、営業利益共に過去最高を計上するにいたりました。また、2010年度には2008年以降の世界同時不況による業績悪化からのV字回復を達成しました。今後もさらなる成長に向け、海外市場や重点事業分野に経営資源を集中投入していきます。

図:2005年度~2010年度の売上高・営業利益・営業利益率

当社のより詳しい歴史を知りたい方は下記のWebサイトをご覧ください。