ガバナンス対談

多様な専門性・経験を生かして取締役会の実効性を高めステークホルダーの期待に応えていきます

企業文化の継承に向けてさらに高い次元のコーポレート・ガバナンスを目指す

コーポレート・ガバナンス体制の確立に向けて

コーポレート・ガバナンス(以下、ガバナンス)向上への取り組みに対してどのような問題意識を持っていますか?

助野 グローバルカンパニーが世界で事業を展開する上で、しっかりとしたガバナンス体制を確立させ、それを実効的に機能させることは必要最低限の条件と考えています。脱炭素への取り組みもグローバルで事業をするための参加資格の一つになっていますよね。ガバナンスについても同様の問題意識から、取締役会議長(以下、議長)に就任して以降、改善を続けながら現在の当社のガバナンスの形を作ってきました。この中で中心的な役割を果たすのは、やはり取締役会です。経営の基本方針と戦略を定め、重要な執行にかかる決定を行う。決定した方針と戦略に基づき執行が確実に遂行しているかを実効的に監督する。これが取締役会の役割と考えています。

私は、議長が執行から独立していなければ、本当の意味でのガバナンス体制の確立とは言えないと考えてきました。今般、議長をあらかじめ定款で定めず、取締役会において選定することとし、議長である私は代表取締役を務めないことにより、執行からの独立性を明確にしました。現在の取締役会の構成は、10名中5名がグループ事業会社で執行に携わる社内取締役、4名が社外取締役です。私が執行から離れることで、議長が執行と社外取締役の中間的存在として両者をモニターできる体制になり、より強固なガバナンス体制の実現に繋がるとともに、取締役会の透明度がさらに増すものと考えています。

北村 私も、助野議長が当社のガバナンス向上のための施策を、明確な意思を持って推進していることを実感してきました。従来のスキル・マトリックスを見直し、取締役会の審議を経て改定したのも、こうした取り組みの一環ですね。スキル・マトリックス見直しのプロセスは、企業経営で一般的に必要な要件である法務や会計といったスキル項目を挙げていくのではなく、まず、取締役会の議論を深化するための重点領域を「事業・機能・地域」の3領域に定めた上で、特に重要な要素について集中的に審議しました。取締役会の審議にかける前に、議長と社外役員との間で討議を行い、双方の考え方に対する理解を深めました。こうしたプロセス自体が、取締役会で何を重点的に議論すべきかの再確認にも繋がり、非常に有意義だったと思います。

助野 スキル・マトリックスの検証において大切なのは、取締役会が果たすべき役割に照らして、現状の各取締役の専門性を棚卸しすることです。社内取締役は当社の成長を支えてきた技術・人材などのアセットを熟知し、事業における最適な意思決定を行うことが求められ、社外取締役は執行の方向性が世の中の価値観や常識から外れていないかをモニターすることが役割と言えます。こうした前提の下、取締役会での審議をさらに充実させるためにどのような人材で当社の取締役会を構成しているのかを示したものがスキル・マトリックスです。

「企業文化」の継承

新たに「人材戦略・企業文化」のスキル項目が加わりました。その意図は何でしょうか?

北村 スキル・マトリックスの議論の際には、写真フィルムの市場が急速に縮小する中で、事業構造の大幅な転換を成し遂げたDNAを継承し、発展させることが当社にとって重要だという意見が集まりました。やはり、企業文化として根付いている当社の柔軟性や強靭性を守り、育てていくことが当社の持続的な成長にとって欠かせません。企業文化は企業の価値観や行動規範そのものであり、社員の意識や行動によって醸成されるため、人材戦略と密接な関係があります。いくら優れた経営方針を掲げても、実行する従業員が企業の価値観をしっかり理解してプライドを持って行動する風土がなければ目標を達成できません。

助野 業態転換の話に加えて、写真フィルムの国産化および事業化という困難な課題を成し遂げた先輩たちの努力にも目を向けたいですね。来年、当社は創立90周年を迎えますが、こうした先輩たちの並々ならぬ努力に加え、チャレンジ精神、スピード感、チームワークという財産を忘れずに、これらを後進に伝えていかなければなりません。この土台があったからこそ、2000年代以降の業態転換も成し遂げられたわけです。また、時代の変遷とともに世の中の価値観も変化しますので、変えてはいけないもの、変えなければいけないものを取締役会でモニターしていくことも大事でしょう。

企業経営の基本は、従業員の力を最大限に発揮させるということに尽きます。従業員教育や健康経営など、人材に対する投資は企業の永続性を担保する上で不可欠な取り組みです。また、次世代の経営人材の育成は特に重要な課題で、取締役会での議論を深めるべきテーマです。スキル項目の中に、企業文化と人材戦略を組み合わせて入れたことは、こうした思いや考え方を反映したものであり、人的資本を重視する経営方針を具現化するものです。

北村 邦太郎 氏

社外取締役・指名報酬委員長

三井住友信託銀行株式会社 特別顧問
アサガミ株式会社 社外取締役
株式会社オオバ 社外監査役

人材を取り巻く外部環境の変化をどのように認識していますか?

北村 重要な変化の一つに労働人口の減少があります。また、転職率も高くなり、終身雇用という働き方の前提が薄れる中で、人材戦略における採用や育成の重要性が益々高まっています。評価や配置にも気を配ることで優秀な人材を惹き付け、育て、見極め、経営を担える人材を育成するプロセスが欠かせません。そこでキーとなる要素が企業文化です。企業の理念に共感している人は離職率が低く、逆境であっても高いパフォーマンスを発揮し、新たなイノベーションを創造するための動機も維持できます。

取締役会で人材戦略に関わるテーマを議論する際に留意しているのは、企業文化についてトップを含めた経営幹部が従業員にどのように発信し、伝えていくかということです。同時に、従業員エンゲージメント調査などで寄せられる声に本質が含まれていることもあり、この部分にも社外取締役は留意しています。もし従業員の声に経営陣の認識と齟齬があるならば、それを地道に解消していくことが大切だと考えています。

助野 もう一つ大切な点として、M&Aで新たに当社グループに加わった従業員に対して当社の企業文化を確実に伝えていくことが、CEOの最も大事な役割だと考えています。CEOが各事業のトップに方向性を示し、各事業のトップが新たに加わった会社の経営陣を教育していくことで、当社の企業文化やDNAがグループ全体に浸透していくはずです。

助野 健児 氏

取締役会長・取締役会議長

取締役会の実効性向上のために

実効性評価では取締役会の構成に関してさまざまな意見が出されました。

助野 取締役会の実効性を上げるための要諦は、各取締役に必要充分な情報を共有し、活発な議論を行うことです。この実践が、取締役会のメンバーに求められることです。現在のガバナンスを取り巻く論調は、取締役の国籍や性別、独立性の割合に関する、形式的な議論にやや偏り過ぎていると思います。取締役会として、性別や国籍はもちろん、社内か社外かも問いませんし、例えば、ある分野の専門性をお持ちの方に社外取締役に就任していただくことで、当社の取締役会の実効性が向上するのであれば、結果として社外取締役の割合が半分以上になっても良いと考えます。表面的な議論にとらわれず、当社の経営方針に即して、適切な取締役会の構成を考えていくことが大切です。

北村 私も以前から取締役は、属性よりも資質を見て選ぶことを重視しています。取締役会の構成がコーポレート・ガバナンスコードの基準を満たすか否かにとらわれず、候補者の資質に基づいて選んだ結果であるという会社の意思をもっと説明してもよいのではないでしょうか。もちろん、当社では外国籍人材の育成も着実に進んでおり、経営層への登用に近い段階に到達している人もいると聞いています。今年度、助野議長は取締役会で外国籍人材を交えた審議を視野に入れており、議論がさらに深化することでしょう。

社外役員と後藤CEOとの意見交換の機会も増えています。

北村 取締役会での審議だけではなく、懇談の場でざっくばらんに話すことで、後藤CEOが特に何に関心を寄せているのかが分かり、大変有意義です。インフォーマルな場で自由に意見交換することが、結果的に取締役会の活性化にもつながりますね。何気ない会話から気づきを得ることも多いので、CEO以外のポジションの方々ともざっくばらんに話せる場を重ねて設けていただけたらと思います。

経営計画の達成に向けて

次期中期経営計画(以下、中計)を見据えて、取締役会が果たす役割は何でしょうか。

助野 次期中計を念頭に、取締役会が留意すべき点は二つあります。一つは現中計において「できていること」と「できていないこと」を整理するとともに、目標達成の障壁となるリスク要因を正確に把握することです。事業によっては、計画に対して想定どおりの業績を挙げられない場合もあります。その際、計画立案時の想定や前提がなぜ変わったのかを徹底的に分析し、次期中計の立案においてその解決策が確実に織り込まれているかを検証しなければなりません。そのように執行に要請しました。

もう一つは投資回収です。現中計期間においても、ヘルスケア・高機能材料といった成長領域を中心に積極的な設備投資やM&Aの意思決定を行っていますが、今後、当初計画に基づく投資回収ができているか、リスクは何か、リスクヘッジはできているかといった議論を、取締役会でもさらに深めていきたいと考えています。

北村 株価を含め、資本市場からの評価についての取締役会での議論は良かったと思います。成長領域に経営資源を集中しながら、ほかの事業が収益基盤としてそれを支えることで、当社の中長期にわたる成長を実現する。当社のストーリーは非常に明快だと思いますので、それを分かりやすく市場に伝えるべく、たとえば裏付けとなるデータの提示など、さらなる開示の工夫もしていくとよいですね。

政策保有株式についても、明確な合理性がない限り売却するという方針を掲げた上で、実際に縮減が目に見える形で進んでいることは、投資家からも評価されるものと考えています。

CEOサクセッションについて

指名報酬委員会における、CEOサクセッションの具体的なプロセスを教えてください。

北村 2018年に指名報酬委員会を設置して以来、毎年CEOの継続可否と併せて、CEOに必要な資質を勘案して作成された後継者リストについて、委員である社内取締役の意見も参考にしながら審議を行っています。2021年に行われた後藤CEOの指名も、サクセッションプランに沿って継続的な審議を踏まえて行われたものです。リストは毎年更新されており、後藤CEOは後継候補者として継続的にリストアップされていました。こうした手続きを確実に進めることで、円滑なサクセッションが行われるとともに、社外から見ても客観的で透明性のあるプロセスを担保することができます。

助野 CEOサクセッションプランは、私が委員になってから修正を加え、CEOが不測の事由によって急遽交代しなければならない場合と、CEOが一定期間務めた後に継承する場合の二つに分けています。後者の候補については、人材育成の観点からどのような経験を積ませ、専門性の幅を広げていくかを議論するとともに、後継者リストをアップデートしています。そして、CEOの資質として何が大事なのか。複数の事業を持つ当社の全体感を持つことと、やはり最初に挙げたように、企業文化の継承です。当社の企業文化を深く理解した上で、それを執行に展開し、次の世代に継承していくことができる資質が第一に求められます。

当社はこれらの取り組みを通して、従業員の力を最大限に発揮させることで、持続的なイノベーションの創出と中長期的な企業価値の向上に引き続き取り組んでいきます。議長として、取締役会の議論をリードしながら、さらに高次のガバナンスを追求していくことをお約束します。

* 2023年7月13日にインタビューを実施